CO2とは

 CO2(シネアスト・オーガニゼーション大阪)は今年2011年で第7回を迎えた。つまりこれまで7×535人の若手監督を助成してきたことになる。その中からは現在活躍中の横浜聡子(『ウルトラミラクルラブストーリー』)、石井裕也(『川の底からこんにちは』『あぜ道のダンディ』)、吉田浩太(『ユリ子のアロマ』)らを筆頭に山田雅史(『天使突抜六丁目』・秋公開)児玉和土(『口裂け女0』)など商業映画として作品を撮り続けている監督たちがいる。もちろんそれ以外にもCO2で助成した作品を自らの手で劇場公開した板倉善之(『にくめ、ハレルヤ』)羽野暢(『モスリン橋の袂に潜む』)、岡大地(『放浪人間』)らが次の機会を狙っており、新たな挑戦をしようとしているだろう。これだけでも8人。幸か不幸かつまり四分の一の確立で映画を続けようと決心したようだ。これは成果ではあるが残酷な試練でもあるだろう。

 2000年以後、デジタル・シネマの広がりは徐々に浸透し、かつて鉄壁のように存在した商業映画とインディペンデント(自主制作)映画の格差をようやくなだらかになりつつある。HDカメラの普及はいっそうこの現象に拍車をかけるだろうしシネコンのデジタル化は観客の眼もフィルムとビデオの差を曖昧に惑わせはじめている。実はこれは単純に喜んでばかりは居られない状況なのである。フィルムは本来社会的な存在であったしビデオは本来個人的な存在であった。しかしこの兄と弟のような経歴は21世紀になって一体化しそこにPCまでも巻き込んで曖昧な怪物になりつつある。

 しかし現在この危うい怪物に出会って誰もが自己表現を信じ、映画を飲み込みつつある。あるいはすでに飲み込まれてしまった人々だけが映画や映像を信じているのかもしれない。映画は簡単に作ることができる。しかし他者を突き動かす映画を作るのはかなり困難なことである。

 ここにまた5人の試練があった。「我々が選んだ5人はその困難を乗り越えられたのだろうか?」「私的で小さな世界からそれを社会にまで広げることが出来たのだろうか?」 

 第8回CO2の上映展の結果は、シネアスト大阪市長賞に大江崇允監督の『適切な距離』、男優賞には同作品の内村遥氏で2冠に輝いた。そして今泉かおりの『聴こえてるふりをしただけ』は特別賞と主演女優の少女、野中はなさんに授与された。これはまた大きな成果だといえるだろう。したがって他の3本、尾崎香仁の『大野リバーサイドパーク』、リム・カーワイの『新世界の夜明け』、加治屋彰人の『スクラップ・ファミリー』がそれぞれ目指した方向性が“高く”評価されなかっただけである。また賞は偶然の賜物であるのはそれぞれの作家も認識するべきだし、観客がこの上映において再認識していただければいいのだ。しかし「現在公開されているどの日本の商業映画よりも面白い」という表現は決して嘘ではない。

 CO2は始まった8年前から映画祭ではなかった。「上映展」としたのも、それらの作品がまずは上映や公開のスタートラインに立てるように助成し試写の場を作ったに過ぎない。それはそれぞれのバトル・グラウンドに送り出すのを目指してのことだ。「それでもあなたは映画を撮りたいのですか? 映画を人に見せたいのですか?」

 今、我々は“現実の戦場”を目前にして再び思考をめぐらさなければならない状況に陥ったのである。「嫌われるのが嫌な若者が増殖し」その結果、批評不在のコミュニティが増殖してトラウマを癒しあうだけでは溶け落ちる世界に終わりはない。

 「顔」を持った観客が5本のインディペンデント作品に異論を突きつけるチャンスがこのCO2上映展になればいいのだ。また作り手が未だ見ない観客に向かって異論を突き付けるチャンスでもある。「映画は21世紀を生き延びることが出来るのか?」または「日本の若者はこの世界を生き延びることが出来るのか?」それを考える「軸」をこれら5作品から探していただきたい。

 新・映画は戦場だ! と宣言しよう。なぜならもう既に次の監督たちが既に後ろに控えているからだ。

 ほらそこ、彼女はもう「これなら私はこの5人を抜ける」と心の中で囁いているはずだ。 

 

富岡邦彦(第7回CO2事務局長/第8回CO2運営委員長)